総合内科カンファレンス

総合プロブレム方式を用いたカンファレンスの記録

Case 1 重度の腹部膨満と痩せを呈した27歳女性

【年齢・性別】27歳女性

【主訴】食思不振

【社会生活歴】身体障害者5級、精神障害者2級

【入院まで】

 生来発達遅延でA病院で定期通院。染色体異常なし。

 多指症と舌小帯異常があり2歳で手術を受けたが構音障害残存。

 幼少期から食欲旺盛、少し小太り。

 

 4歳、腹部膨満を主訴にB病院小児科入院し精査。原因不明。

 10歳、腹部膨満を指摘され、B病院小児科受診。腹痛・嘔吐なし排便正常。検査でも異常なし。

 14歳、排ガスが頻回に出現。再度、B病院小児科・消化器内科受診。注腸造影検査で腸管拡張(+)。「排ガスは良いこと」と言われて終診。

 19歳、腹部膨満が徐々に悪化。空腹感なく食欲低下。体重が減少しはじめ、1年で37kg(BMI:20)から23kg(BMI:18)まで減少。

 

 その後、C大学病院など複数の医療機関を受診し様々な検査(CFで異常なし。直腸などランダムバイオプシーしたが異常なし。イレウスチューブ造影検査で異常なし。)と治療が試みられたが改善せず。原因不明。

 

 腹部膨満・食欲低下は持続し体重はさらに減少。当院消化器内科入院。入院後も腹部膨満強く経口摂取拒否、経管栄養管理。その後は安定して1kg/週程度の体重増加。退院。

 26歳時に、胃捻転のためD総合病院消化器内科入院。NG tube挿入し、捻転解除。入院中、胃カメラ異常なし。一旦退院。その後も腹部膨満・食欲低下・体重減少。便は固形便が1日1回。排ガスも毎日。

 27歳時に18kg(BMI:10)になったため、当院総合内科紹介受診。

 

【身体所見】

身長 138.1cm・体重 18.9kg・BMI 9.9.

バイタル:体温36.7℃血圧86mmHg(拡張期血圧測定不可)脈拍80/min(整).

SpO2 95%(RA)・呼吸数16/min.

全身状態:ぐったりしている.

腹部:膨満軟、アンコ型力士のように飛び出て膨らんでいる. 腸雑音亢進.筋性防御なし.

脾触れず. 腹部圧痛なし. 打診で鼓音あり.

四肢:両側の前腕・大腿・下腿・足背に浮腫なし.

見当識正常. 意識清明.

脳神経:Ⅰ 嗅覚脱失.

反射:バビンスキー反射両側陰性.

DTR(R/L):上腕二頭筋反射(+/+)・上腕三頭筋反射(+/+)・膝蓋腱反射両側(+/+)・

アキレス腱反射(+/+).

感覚:上下肢末端の触覚異常なし(筆擦過). 温痛覚異常なし(アル綿).

その他は全て正常.

 

【検査所見】

<血液検査>

TP 5.6g/dL↓・Alb 3.5g/dL↓・AST 112U/L↑・ALT 96U/L↑・LDH 297U/L↑・ALP 169U/L・ChE 257U/L・CK 67U/L・Amy 80U/L・UA 5.5mg/dL・BUN16mg/dL・Cre 0.48mg/dL.

Na 139mEq/L・K 4.5mEq/L・Cl 103mEq/L・Ca 8.6mg/dL↓・P 3.8mg/dL・Mg 2.5mg/dL↑・Zn 50μg/dL↓・Cu 74μg/dL.

T. Chol 212mg/dL・TG 88mg/dL・HDL-Chol 73mg/dL・BS 52mg/dL↓・HbA1c(NGSP) 5.5%.

TSH 1.548μU/mL・総ホモシステイン 11.5nmol/ml・VitB1 27ng/ml・ Fe 74μg/dL・VitB12 1040.7pg/mL↑CRP 0.0mg/dL.

WBC 2470/μL↓(好塩基球 0.4%・好酸球 0.4%・好中球 54.7%・単球 4.0%・リンパ球 40.5%). RBC 381×104/μL・Hb 11.5g/dL・Ht 34.6%・ MCV 90.8fL・MCH 30.2pg・MCHC 33.2g/dL・RDW-CV 12.0%. Plt 20.5×104/μL.

 

<検尿定性>

色調 褐色・混濁 (-)・比重 1.032↑・pH 6.0. 尿蛋白定性 (±)・尿糖定性 (-)・ケトン体 (2+)・潜血反応 (-)・ウロビリノーゲン(2+)・ビリルビン(-)

<尿沈渣>

赤血球 1未満/視野・白血球 1~4/視野・扁平上皮 1~4/視野・ガラス円柱 (-)・細菌 (-)・尿細管上皮 1未満/視野.

 

<心電図>

洞調律・HR 74bpm・正軸・P波(+)・PR 142ms・移行帯V1-V2・QRS 86ms・QT/QTc(E) 368/395ms・ST変化(-).

 

<腹骨盤部単純CT>

腹腔内free airなし. 腸管:著明な拡張あり・便少量あり・腸内液体なし. 脂肪肝なし.

<腹部単純X線検査>

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Case 1 診断プロセスとその後の経過

症例提示はこちら

naikagakunaika.hatenablog.com

【初期プロブレムリスト】

#1 精神発達遅滞症

#2 腸管内ガス貯留症

#3 低栄養症

 

【診断プロセス】

#2 腸管内ガス貯留症の診断プロセス(①②③)

図.腸管内ガス貯留症の診断プロセス

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① 腸管内ガス貯留症 → 外部ガス侵入症

 ガスの起源:〜腸管内で発生か、外部からの侵入か〜

      このどちらかであり、どちらかでしかない。

腸管内大量ガス発生機序:

 ~腸管内ガス産生菌の増加か、

  腸管内容物の滞留(ガス産生菌と炭水化物の接触時間が長くなる)か、

  腸管内炭水化物の増加か~

 以下の理由で腸管内発生は考えられない。

 

根拠事象(ⅰ)

* 腸管の消化吸収運動機能は正常。

 学童期から続く腸管内ガス貯留症。十数年に及び増悪も寛解もなく持続。

 体重減少したが、経管栄養で体重は増加。よって消化管の消化吸収機能は正常。

 また、腸蠕動もあり排便もあって、腸管の運動も正常。

 

根拠事象(ⅱ)

* 腸管の炎症を示唆する所見なし。

 腹部CTで腸管内に液貯留はない。腸管壁の肥厚もない。

 つまり、腸管の炎症を示唆する腸管内への浸出液なし・腸管浮腫なし。

 

根拠事象(ⅲ) 

* 腸管内に便なし。

 腸管内のガスは腸内細菌が便中に含まれる炭水化物を分解する際に発生する。

 そもそも腸管内にはガス産生の材料になる便がほとんどない。

 

根拠事象(ⅳ) 

* 胃もガスで拡張。

 過去に胃捻転の既往がある。虚脱胃は捻転は起こしにくい。この時点では胃拡張もあったことが推察される。

 また、腹部単純X線写真でも左上腹部でハウストラの無い大きなガス像があり、これは胃内のガス貯留像である。口から入ってきたガスが胃を拡張させることはあっても、腸管で大量発生したガスでも胃まで拡張させるとは考えにくい。

 

結論:外部ガス侵入症(腸管内ガス発生の否定)

 仮に腸管内のガス産生菌がこれほどのガスを産生するまでに増加したとして、全くもって消化吸収機能が正常で、画像検査でも炎症を示唆する所見が皆無とは考えにくい。

 よって腸管内ガス産生菌の異常増殖の可能性は低い。

 また消化管の運動機能も正常なので腸管内容物の滞留も考えにくい。

 この腸管のガスは外部から入ってきたガス。

 

② 外部ガス侵入症 → 経口ガス侵入症

外部ガスの侵入経路:~経口か、経肛門か~

根拠事象(ⅰ)

 経肛門の契機(例えば下部消化管内視鏡検査とか)はなし。十数年にも及ぶ。

結論:経口ガス侵入症

 

③ 経口ガス侵入症 →呑気症

経口ガスの機序:~人為的(例えばバッグマスク換気などで)か、呑気症か~

根拠事象(ⅰ)

 人為的にガスを入れた病歴はなし。十数年にも及ぶ。

結論;呑気症

 

【現時点のプロブレムリスト】

#1 精神発達遅滞症

#2 腸管内ガス貯留症→呑気症

#3 低栄養症→マラスムス低栄養症(#2)

 

【その後の経過】

#2 腸管内ガス貯留症→呑気症

 嚥下造影で呑気を確認した。

 下顎はV字形に尖って突き出る形状で上顎もそれに沿って前へ突出。下顎歯は噛み締めで磨耗。硬口蓋上縁はドーム状の円弧で舌との間に隙間があり、特に唾液を呑む時に空気を嚥下してしまう。

処置1;噛み締めに顎歯に”足下駄”(2.5mmスプリント)→呑気改善なし

処置2;硬口蓋に隙間埋めの装具(PAP)を装置 →旨く嚥下できない

処置3;軟口蓋口挙上装置(PLA)→嘔吐反射で装着不能

 胃瘻造設し適宜脱気及び高カロリー経腸栄養(1800kcal/日)を行った。腹満は改善し、自力で食事摂取量増加。茶色普通便(週3回)あり。体重は24kgまで増加し退院。

用語集

総合プロブレム方式

L.L.Weed によって1968年発表されたProblem Oriented SystemPOS)(1)に 触発されて開発された新しい思考記述様式(2)。POS と同じ記号を使用するが、定 義・内実は異なる。総合プロブレム方式は現実の患者の錯綜する事態を整理し秩序立てる上に有効な方法。この様式を満たすためには、知識の秩序化、観察所見の正確さ、判断の明晰性、行動の合理性が求められる。本来臨床実践医学に要求される合理性を具体的実戦的に表した方式。

詳述は、

1 正しい診療への合理的アプローチ(総合プロブレム方式のすすめ):栗本秀彦著;文光 堂・B5版・4,635

2 総合プロブレム方式 -新時代の臨床医のための合理的診療形式- ;栗本秀彦著・プリメ ド社20073,780

3カンペキカンファ:栗本秀彦著・新興医学出版社2014年・3,000円+税

 

疾患(disease

一つの具体概念。観念的存在。

 

病気(illness

患者に現にある「疾患」。病気はその患者だけの症状や所見・範囲・タイプ・予後などが ある。臨床家が対峙するのは病気。

 

プロブレム

総合プロブレム方式の基本概念のひとつ。患者の病気はプロブレムという概念で表現され る。病気の診断は常にentityとしての疾患名を求めるが、診断作業が疾患名に到達するま でには長い道中がある。その道中も病気はありつづけている。だからそのときどきに、 entityとしての疾患名ではなくても病気に名をつけて呼ぶ。このように考えたとき、患者 の病気とその呼び名をプロブレムという。entity としての疾患名を求める道中、呼び名は 次々変わり得る。プロブレムは最初、症状や所見の名で呼ばれることも多いが、それは病 気のそのときの名であって、そのときにある症状や所見のことではないことに注意する。プロブレムという基本概念を身につける上に、この注意は重要である。

 

プロブレムリスト

患者のプロブレムの一覧表(病気の戸籍)。患者の病気は一つとはかぎらない。複数の病 気(プロブレム)それぞれに呼び名があり、ある時点では一は症状名、一は疾患名という ことも多い。診断作業の道中、プロブレムは名をあらためてゆく。病気には、それぞれの 過去・現在・未来がある。したがって、プロブレムごとに症状・所見・原因・予後などを 記述できる。

 

基礎資料・データベース

総合プロブレム方式の基本概念のひとつ。プロブレムを認知命名するために収集した患者 に関する医学上の資料。病歴・身体所見・過去の資料・スクリーニング検査所見の四大 事項からなる。

 

病歴

問診によって得られた、医師の代筆による、患者が描写した患者の病状の歴史的記述。病 歴は患者を主語として記述されることに注意する。

 

身体所見

医師が視診・聴診・触診・打診技術を駆使して観察記述した事項。医師の綿密・明晰・知 力・品格は診察(問診・身体所見)に最もよく表れる。

 

過去の資料

患者について医療機関が残した過去の資料。

 

スクリーニング検査所見

病気を有すると予想された患者にルーチンとして行う検査のパッケージ。簡便・迅速・安 価であり、異常事態に感度が高いことが要請される。

 

症状

自身で経験する身心に関する通常でない感覚。観察者は患者自身でしかあり得ない。

 

所見

身心に関して客観的に観察記述された事項。観察者は患者でもあり得る。

 

計画

人・場所・時間・もの・方法などを特定して記述した未来行為。動機・目標・方針とは異 なることに注意する。この混同が曖昧と杜撰を生む。

 

併存症

同時に存在している疾患群。発症・因果関係は問わない。

 

合併症

一つの疾患によって、その疾患と離れたところに起こった別の疾患。

例:肺がん/Eaton-Lambert症候群・肝硬変/食道静脈瘤。

 

続発症

一つの疾患に、直接その場で引き続いた疾患。

例:大腸憩室炎/大腸周囲膿瘍・肝硬変/肝臓がん。

 

部分症

一つの疾患に、その部分として包含され得る疾患。

例:SLEITP・クッシング症候群/肥満症

 

主治医

医師の専門とは範疇を違える。患者に対する医師のはたらきで、つぎの機能を執り行うも の。

プロブレムリストを作成する

プロブレムリストを管理する(患者の診療担当責任者)

現時点の最大プロブレムを担当すると同時に、一過性の小プロブレムも引き受ける

一般的基本健康事態を管理する

一般的基本社会事態を掌握する

 

代行医

主治医の機能の部分を代行する。大別して三種ある。

主治医にかわって、あるプロブレムを担当する

主治医にかわって技術を担当する

主治医にかわって技能手技を担当する

 

参考文献

(1)L.L.Weed ; Medical Records That Guide and Teach , New England J. Medicine 278 : 593-600, 652-657,1965

(2)正しい診療への合理的アプローチ(総合プロブレム方式のすすめ);栗本秀彦著・ 文光堂1995B5版・4,635

(3)総合プロブレム方式 -新時代の臨床医のための合理的診療形式- ;栗本秀彦著・プ リメド社20073,780

(4)カンペキカンファ;栗本秀彦著・新興医学出版社20143,000円+税